キャラクテール

Kakeru2003-12-15


熊川哲也はイギリスでは王子様ではなかった、という話のつづき。

クラシックバレエの見どころは何かと考えたら、それはやっぱりプリマだろう。
美女が豪華な衣装で華やかに踊る。バレエが宮廷舞踊から発展したことを一番色濃く残している部分だと思う。
しかし、男性ダンサーからも目が離せない。高さや速さ、力強さという女性には無い魅力がある。

バレエでは王子役を演じる男性を「ダンスール・ノーブル」という言い方をする。
「眠りの森の美女」のデジレ王子、「白鳥の湖」のジークフリート王子。こういった役柄は技術だけで踊れない。技術は当然として、王子様らしい存在感があるかどうか、これが重要になってくる。
残念だけれど、日本人の男性で、国際的レベルのダンスール・ノーブルと呼べるようなダンサーはいない。
身長の問題、体格の問題、そういうものが先に立ってしまう。舞台では、映画のトム・クルーズのように雪舟(台を置くなどして身長差を隠すこと)するわけにもいかないので、身長の低さは決定的な欠格だ。
そしてもちろん、人種差別の問題もある。

じゃあ日本人ダンサーは全部ダメなのか?
そんなことはない。むしろ、足腰やバネの強さが、アドバンテージになっていて、テクニック的には海外のダンサーよりも優れている人も多い。技術面では日本のバレエも捨てたものじゃない。

熊川哲也は、ジャンプもターンも、とにかくすばらしい。ジャンプの時の手指の先やつま先にまで表情があり、そこに張り詰めた神経の存在を感じさせるようなダンサーは、そういない。
だからこそ、17歳でイギリスロイヤルバレエ団に入団。後、同団史上最年少ソリスト、という名誉も受けた(当時それがどれだけすごいことなのか、日本人のほとんどは気づいていない)。
そして、彼は日本人であるからこそ、体格差で劣り、技術で勝り、稀代のキャラクテールになった。

「キャラクテール」とは、テクニックやスピードで見せる役柄や、それを踊れるダンサーのこと。 
「眠れる森の美女」のブルーバードなら回転やジャンプを超絶技巧で見せ、「くるみ割り人形」のお茶の踊りや「白鳥の湖」の道化は、コミカルな動きで笑わせ、時にテクニックで驚かせたりもする。
クラシックバレエという作品世界は、王子様お姫さまとキャラクテールの両方が存在しなければ成り立たない。

熊川哲也が演じたキャラクテールで有名なものに「ラ・バヤデール」のブロンズアイドルがある。
古代インドを舞台にした「ラ・バヤデール」はとにかく西洋人のエキゾチック趣味で構成された作品。その1シーンでで全身金色にした半裸で踊る仏像が「ブロンズアイドル」。これだけ聞いたら「?」となりそうな役柄なのだけれど、17歳の彼が見せた超絶技巧は今や伝説にもなっている。
 
ところが、日本のバレエファンはどうしても熊川哲也にノーブルであることを期待していたようなところがある。
前回、彼が「ビジネスの世界に行ってしまった」と書いたけれど、それは一流ダンサーに、どうしてもダンスール・ノーブルであることを期待する日本のマーケットが影響していたのかもしれない。

ブロンズアイドル、すなわちこんな感じ(写真)

熊川その人が出演したバヤデールはDVD化されている(以下)


次回は日本のバレエファンの期待するノーブル像と、現実のギャップについて。

ラ・バヤデール [DVD]

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