「ピアニスト」★2/5

Kakeru2005-01-20


「カンヌの審査員」とカッコでくくり、彼等を批判する価値観には今まで同意してこなかった。
でも、この作品をグランプリにした感性が、例えば『セックスと嘘とビデオテープ』をどう評価したのかと思うと……なんだか考えさせられてしまった。



とにかく長回し長回し……そして、出来事は時間に沿ってしか進行しない。そのへんはあまりにもローテクというか、重厚を通り越して冗漫。
それが演出だったり、そういう意図の編集なのかもしれないけれど、カット割の長さと、素人目にもハサミを入れたくなる淡々とした進行。
ハリウッド的な手法とはあまりにも正反対すぎ、単にヨーロッパ風ということだけでは片づけられないかも。

しかし、プロットや脚本が、とてもよく作りこんであり、とても丁寧な作品……というのは事実。扱う題材のリサーチや、伏線の張り方はとても細かい。その真摯な制作姿勢には素直に頭が下がる。


でも、その伏線が丁寧になればなるほどわかりにくい! とにかく時系列でしかストーリーが進まないので、油断すると疑問はそのまま、観客は置き去りにされてしまうかも。


※以下はネタバレを含みます


例えば、エリカ(イザベル・ユペール)がバックに隠したカミソリで、バスルームで何をしていたのか?
生徒のアンナの母親が「全てを捨てたのに」と言ったとき、エリカはなぜあそこまで不愉快になったのか?
このへんはホントに見のがしてしまいそう。

「父さんが死んだよ」と母親がエリカに告げたことの意味は、最後までわからなかった(見落とした?)


また、エリカと母親との愛憎関係は冒頭のシーンから明らかにされるわけだけれど、愛情と憎悪の矛盾の度合いが、場面ごとに揺らぎ過ぎでは? と思うこともあった(このへんは見事にワナにはめられてしまっただけかもしれないにしても)

でも、こういった作品で『マルホランド・ドライブ』的な謎解きが必要、というのはちょっとヘビーだし、それに謎解き自体もそれほど楽しいものにはなってくれなさそう。



エリカがどうも分裂気質らしい、というのが、手紙の文字の「細かさ」や「配置」でほのめかされたり、セクシャルな状況でのS気質(トイレの場面)とM気質(それ以外)はカードの表と裏のように現れることがある、というコントラストをスムーズに描写してみせたり……という細かさには絶句。

そして、それを興味本意でもなく、哀れみでもなく、共感でもなく取り上げ、そして断罪することもしない(この点については後述するような疑問も)。こういった題材を扱うときに、ここまでクールになっているその姿勢には、もう参りました! という感じ。


しかし、そのクールさもちょっと過剰なのかも。

例えばエリカのソファーの下の箱。あそこに入っていたグッズ(?)の数々にしても、ロープは長さがたりず、首輪も犬用なのか華奢に見える。手にとってみせるピンチにしてもテンションの弱い木製のものだ。

それが、彼女のM性は膨張し過ぎた妄想の産物で、リアリティを伴っていないことを暗示し、それがワルターブノワ・マジメル)との悲劇的な結末への伏線ともなっている……ということなのかもしれないけれど、そこでそういう謎解きができたとしても、あまり楽しい気分にはなれない。

他にも、これでもか! とばかりに、彼女の性癖や妄想の非現実性を、伏線やショッキングな出来事として描写していくが、そこに彼女の性的未成熟を見い出せたとしても、それこそ楽しい気分にはどうやってもなれそうもない。



また、もしかしたら、多くの日本人にはこの作品(あるいはその背景にあるもの)を今一つ理解できない部分があるのもしかたないかな……と思う部分もあった。

思えばクリントン大統領のセックススキャンダルに再三出てきた「不適切な行為」という言い方は、キリスト教的価値観ではオーラルによるそれを認めていないからこそだった(一部州では今も違法(!)行為)。
この作品での性行為の大半がアレだった、ということに、そういう「不道徳さ」のほのめかしがあるとしたら、それはなかなか伝わってこない、という結果にも結びつくかもしれない。
「道徳的な罪を犯しているから、彼女は”悪”なのだ」と言われても、そうですか……と小声でうなづくことくらいしかできないかもしれない、と思う。



そして、とにもかくにもラストシーンはやってくる。

彼女の中途半端な自傷の意味は何??? 自殺してしまったならまだしも(?)、なんとも中途半端に突き立てたナイフ。 腕や指を傷つけたわけでもなく、注射針ですらそうそう貫通しない(cf『パルプ・フィクション』)胸の肋骨(と軟骨)につきたてられたキッチンナイフ。

ホールから出てきた彼女はどこかへ走り去り、そしてこの映画そのものも、どこかからスルリと逃げ出していってしまったような気分だった。 ワルターがアンナの譜面をめくっただけで、嫉妬(?)でコートに粉々に砕いたグラスを仕込むエリカが、あの程度の傷、あの程度の出血で、どこに行こうと(行けると)いうのだろうか。


? ? とにかく???



余談

銀座の映画館では、ロッカールームでのラブシーンで中座したストリート系のファッションの若い男性が一人。これはまあ納得。
ところが、スタッフロールのころにはすっかり泣いている若い女性が一人。どうして泣いたのか、これまた???。



彼女の病理や性的な妄想が、どこから来て、そしてどう行き詰まったのか、そういうストーリーなのだろうけれど、それを提示された観客は、どうしたらいいのだろうか。ただ戸惑えばいいのか? 理解しようと努力すればいいのか? それとも、自分なりの結論を何か持たなければいけないのか。

僕にとっては、作品そのものにも、観賞後の印象も、違和感というか、単純に?マークだらけになってしまった映画でもあった。

イザベル・ユペールの演技と主演女優賞受賞には納得、ただただ納得。なので、人にはあまり勧められない作品ではあるけれど、★2。
ややネタバレぎみのチラシには−0.5★。世の中には見なくてもどうってことはないし、時間つぶしにするにしては重すぎる……なんて映画もあるんだよなあ、と再確認したような気分。

思い返すと、『ツイン・ピークス』の謎解きは楽しかったし、明らかに伏線を張っただけで放置されてしまった(あるいは何も考えてない?)ようなエピソードもあったけれど、それもこれも楽しむことができた。
しかし、この作品の謎や不可解さは、なんとも心を沈ませて、気持ち自体にも澱のようなものを沈ませてしまうような、なんとも後味の悪いものだった。



最後に

冒頭にドルビーデジタルの表示が出たときには、なるほど音楽映画だからかな、とか思ったけれど、まさか音響が官能描写に深く関わっているとは! 直接的な映像よりも、フレームで切れているところからの「音」が多くを語っていたことにオドロキ……。

でも、これが『ブリジット・ジョーンズの日記』と同じレイティングなことには疑問。この作品が『ブリジット……』と同じように中学生には見せられなくて、これまた同じように高校生には見せてもいい……というのは??? これまた?マークだらけになりそう。倒錯している分だけ、アブナイ! ということは確かだと思う。(CinemaScapeピアニスト」拙コメントより)


ピアニスト [DVD]

とまあこんなふうに、監督のハネケその人にしてやられちゃったんでしょうけど、確信犯で観客を不安にさせたりイライラさせたりしようとするやり方は、映画作家の姿勢としては疑問。

でも、この映画には世界の秘密(絶対真理みたいな感じかな)が一つ隠されている(っていうかバレバレ)
「芸術家に関わるとロクなことにならない」
ピンとこないですか? それなら一生わからない方が幸せです、絶対に。